「石丸謙二郎の山カフェ」で信夫山が紹介されました!
毎週土曜日の8:05からは、
NHKラジオ「石丸謙二郎の山カフェ」を
掃除をしながら「信夫山ガイドセンター」で聴いています!
今日もいつもと同じように聴いてました。
今回は伊達政宗ゆかりの山について教えていただきます。
二つ目の山として「福島市の信夫山!」
えええーっ!!! 卒倒しそうになりました!
信夫山の概要説明も分かりやすかったのですが、
真骨頂は、仙台城をなぜ「青葉城」と言うかの説明。
ホント分かりやすかった!
1600年関ヶ原の年、実は「北の関ケ原」もありました。
福島城(現在県庁)の上杉景勝と信夫山に陣取った伊達政宗が対峙し、
「松川の合戦」がありました。
上杉4千に対し伊達2万、上杉が勝利し伊達は敗走しました。
敗走の時、味方に取り込んだ信夫山の青葉山寂光寺を仙台に連れ帰りました。
寂光寺は仙台で再興しました。
寂光寺がさらに移転した後、
その場所に仙台城が建設され、青葉城と呼ばれるようになりました。
まさに青葉山(せいようざん)寂光寺が
青葉城(あおばじょう)のルーツだったのです!!
誰も知らないですよね!
番組の中で、低山トラベラー大内征さんがホント分かりやすく説明してくださいました。
大内さん、ありがとうございました。
石丸さん、柘植さん、ありがとうございました!!
【今は信夫山の北側を流れる「松川」!】
1600年松川の合戦のときは、信夫山の南側を流れてました!
1637年の大氾濫で北側に流れが変わりました。
中央付近、左から右に流れているのが現在の松川です!
※湯殿山神社裏から仙台方面(北)。(信夫山からの展望№2!)