その81 信夫山は恋の山(その3)
信夫山は、歌枕(和歌を詠むときに定番として出てくる名所)として数多くの歌に登場しています。信夫山を詠んだ和歌は90首もあり、全国的に有名な歌枕でした。
そして信夫山は、しのぶ(信夫)という言葉そのものが、恋を表しています。都の人は、みちのくの信夫山というより言葉の上で、信夫山を「恋」の代名詞のように詠んだのではないでしょうか。
「尋ねばや しのぶの山のほととぎす こころの奥の ことや語ると」(千載集)=「ひそかに訪ねていこう、しのぶ恋のあの人のところに、心の想いを、聞けるかも知れない」昔の人は、恋する人をほととぎすに譬(たと)えることが多かったようですね。
「人しれぬ 思いしのぶの山風に 時ぞともなき 露ぞこぼるる」(新拾遺集)=「人しれずお慕いしている、あなたへの思いは、緑の風のように溢れ出して、あなたを想うとき、涙がこぼれるのです」でしょうか。
珍しく、恋を直接に詠(うた)ったものでない歌もあります。
「みやこには 花もちりあえず 陸奥のしのぶの山は 春風の頃」(新後拾遺集)=「都の桜はとうに散ってしまっているが、みちのくあたりは、ようやく春風の吹く頃だろうな」といった意味ですが、背景にはやはり、憧れる女性に思いを寄せる恋心が感じられますね。
その82 信夫山の樹木の危機1
信夫山は福島市民のシンボルであり、自然環境豊かな緑の山と思われていますが、実は50年も前から信夫山の樹木は壊滅的な状況になりつつあるといわれています。
昔は、信夫山の木々は自生の赤松を中心として、コナラ、クヌギ、ヤマハンノキなど多様な樹木が混在し、花木も多く、草花野草も実に多様な種類が生えていました。
植生が豊かだと、固有の植物を餌とする昆虫の種類がどんどん増えます。昆虫が豊かだと、それを餌にする野鳥の種類が増えてきます。
昔の子どもたちは、信夫山でカブトムシもクワガタも採り放題でした。野鳥も豊富で100種類を超えていました。
そんな信夫山が今では雑木と“かずら”に覆われ、自生の樹木は根元に陽が当たらず、すっかり樹勢が弱まって、松くい虫やカイガラムシに蝕(むしば)まれています。山に入ると害虫に倒された赤松などが累々と横たわってブルーシートに覆われています。
原因は、適切な除間伐、下刈りが行われていないためです。石油時代になって、炊事も風呂もガス化され、薪(まき)の需要が無くなってしまったため、木を切り出さなくなったからだといいます。
雑木で薄暗くなった森や林が多くなっている信夫山、なんとか雑木やかずらから信夫山本来の木を救いたいものですね。
その83 信夫山の樹木の危機2
信夫山は、一見自然環境豊かな緑の山に見えますが、実は、樹木が危機的な状況にあると前回書きました。
実際にちょっと注意をしてみると、探索路の森林は自生木の赤松も、ナラも、クヌギも、雑木やかずらに覆われています。昼間も薄暗く、根元に陽(ひ)が当たらず、昔はたくさんあった野草・草花もすっかり見かけなくなりました。
山道の少ない箇所、信夫山の北側などは、一層鬱蒼(うっそう)としていて、森の荒廃が進んでいることが分かります。
さて現在、信夫山では、放射能汚染の除染作業が進められています。福島市のシンボルであり、全山が自然公園と位置付けられている信夫山ですから当然だと思いますが、その除染作業で思わぬ効果が出ているのです。
すでに、多くの人が見ていると思いますが、表土の放射能汚染を低減するために、大規模な除染作業や残渣(ざんさ)除去、立枯れ樹木・雑木・かずらなどの刈払いを行っています。その結果、本来の地肌が現れ、見事に自生木の根元が見えてきました!!
除染箇所は、今は丸裸に見えますが、あと2年もすると、多くの草木・野草がよみがえってくるでしょう。そして、多くの昆虫・野鳥が帰ってきて、信夫山は、また、豊かな自然を取り戻していくでしょう。
その84 信夫山の未来 その1
信夫山の話も終わりに近づいてきました。
お話を読むことで、信夫山には、たくさんの物語や歴史、そして眺望や自然など、多くの資産があることが理解できたのではないでしょうか。
全国でもまれな、街の真ん中にある里山。第1話では、昔々、信夫山は大きな湖にぽっかり浮かぶ小島だったという伝説を書きました。だから信仰の中心地となり、山伏修験の山として大きく栄え、数々の史跡と物語が残されているのです。
その伝説には、実は、信夫山が山ではないという、驚きの事実が隠されていました。
そんな宝の山・信夫山を、今後、福島市民のためにどう生かして行ったらいいか、そろそろみんなで考え始める必要がありますね。福島市民のシンボルとして全国に発信しましょう。
信夫山には、東西南北に、素晴らしい絶景の展望台が整備されているし、道々には何気なく史跡や、伝説の奇岩があり、豊かな緑やさまざまな野草が楽しめます。花見山に比べても、四季を通じて観光や探索が可能な素晴らしい資産を持っているのです。
その85 信夫山の未来 その2
さて、みなさんは「着地型観光」という言葉をご存知でしょうか?
これは従来の観光のように、既存の美しい風景や名所旧跡をめぐるのではなく、「その土地に昔からある独特なもの、土地に住む人にとっては何でもない存在や風習が、実は本当の魅力がある観光資産なのだ」という考え方です。そんな視点で、信夫山を見てみるとどうでしょうか?
信夫山は、展望・自然・生成・歴史・伝説・冒険など、数え上げたらきりがない、まさに「着地型観光スポット」として全国にも希(まれ)な存在なのです。
街の真ん中にある信夫山の観光活用は、そのまま街の回遊人口・購買人口を増加させ、街を賑(にぎ)やかに活性化します。
また、みんなが信夫山の魅力を知ることで古里を愛する心が養われます。
信夫山の活用が、街を元気にするのですね。
その86 やっぱり信夫山はすごい
「わらじいと行く信夫山散歩」も、いよいよ最終回になりました。21ヶ月続いた連載コラムで、皆さんと一緒にたくさんの信夫山情報を学び、お届けしてきました。
時に伝説だったり、展望・冒険だったり、笑いあり涙ありでしたね。一方、歴史・文化・自然環境といった奥深い内容もありました。

- 信夫山博士・浦部博さん
記事は信夫山博士こと浦部博さんが担当。FMポコの「信夫山さんぽ」では、毎週、浦部さんが出演し、ふくしまボンガーズのしなだマンさんと明るく楽しい掛け合いで続けてきました。
おかげさまで「信夫山にそんな話があるのは知らなかった」「信夫山の魅力にびっくり」「信夫山をもっと知りたい」などたくさんの反響があり、信夫山に登る人が着実に増えています。
そんな中、平成28年に「信夫山ガイドセンター」が誕生。「信夫山から元気と希望を発信し、世界に福島の安全と安心をアピールしよう!!」という目的で、複合的な信夫山情報センター構想の元に、建設資金・運営資金を全て「ふくしま未来研究会」が拠出してつくられたものです。なんとオープン以来、1万2000人が訪れています。
やっぱり信夫山はすごい山だったのですね。