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その56 六供七宮人の話1

第7話で、昔、信夫山に皇太子と皇后さまが逃げてきた(?)というお話をしました。
そこで驚くのは、「その皇太子と皇后につき従ってきた家臣の子孫たちが、今も信夫山に住んでいる」ということです。
信夫山の羽黒神社は、第29代欽明天皇の皇子(ヌナカフトノミコト)を祀(まつ)っており、麓の護国神社の右隣にある黒姫神社には、その母、石姫(イヒヒメ)皇后が祀られています。その由緒は黒姫神社の正面に、大きく掲げられていますね。

そして現在、信夫山の羽黒神社の下の部落にお住まいの人々の中には、77代もさかのぼれる古い家系図を持つお宅もあります。伝説によると、石姫伝説を裏付ける重要な役職を担う方々でした。
羽黒神社は昔、「羽黒大権現」といわれ、神仏混交の(神様と仏様両方を祀る)神社でした。この大権現を守り、祭事を取り仕切っていたのが、六供(ろっく)=六供僧といわれる社僧で、その下に神楽などを担当する宮人(ぐうじん)がいました。
旧参道御神坂(おみさか)を登ると、参道に面して六つの小宮が並んでいますが、それは六供の護持する羽黒大権現の摂社です。七宮人もそれぞれ大明神を守っていましたが、今は一つしか残っていません。
六供・七宮人は重く扱われ、一切除地=無税の扱いを受けていたそうです。 (続く)